2014年9月23日火曜日

高畠俊太郎 20周年記念インタビュー 後編



■ 高畠俊太郎 20周年記念 インタビュー 後編


1994年のメジャーデビュー以来 
ULTRA POP、POINTER、AUTO PILOT、ニヤニヤ、高畠俊太郎BAND... 様々なバンドを率いて
その類い稀なるセンスとバランス感覚を発揮してきた高畠俊太郎。
現在も精力的に活動を重ねる彼だが
今年2014年は高畠にとってデビュー20周年の節目の年を迎える。
今回は彼の20年のキャリアを総括するという意味を含めて
今までの作品やエピソードを語ってもらった。


*このインタビューはあくまでも高畠俊太郎個人の記憶(かなり曖昧)によるものなので
細かいところや大きいところも事実と違うところが多々あると思いますが、 ご了承下さい。



■ 1999年 AUTO PILOT 結成


セカンド・サマー・オブ・ラブって感じで、遠い夏の記憶のようです。

それでは、POINTER脱退から
最新作「Transfer In Flowing Lights」までの期間を。
POINTERからAUTO PILOTまでの空白期間のエピソードが何かあれば聞かせてください。

高畠 : 完全に空白。もうバンド辞めようとも思ったし、どうしていいかしばらく分からなかった。
何してたんだか全然思い出せない。たぶん自分にとって凄く大事な時期だったんだと思う。
そう言えばその頃 知り合いを経由してMONOの後藤君から
「新しいバンド組むからボーカルやらない?」って電話あったんだけど
その時はほんのタッチの差でウオとAUTO PILOTをやるつもりになってたから断ったんだ。
人生タイミングだけど、もしあそこで一緒にやってたらオレがMONOで歌ってたかと思うと不思議な感じだよ。

そんな事もあったんですね。AUTO PILOTのメンバーとはどのようないきさつで
出会ったのでしょうか?

高畠 : フットサルのチームをやってて、そこで相手チームにいたウオズミと知り合いになってバンドの話しになったら
ウオがシーケンサーとかサンプラーを持ってるって言ってたので、じゃあスタジオ入ってみない?って感じで始まった。
POINTER後期の頃からオレらサンプラーとかシーケンサーで一晩中遊んでて
コンピューターやサンプラーとシューゲイズ的なノイズとロックンロールを組み合わせた新しい音像を探してた。
それでとにかくライブやっちゃおうってナカイにも声掛けて3人でライブやった。初ライブは下北沢CLUB251。
ちなみにセットは「C-C-C」と「Surf Game」の二曲だけで、両方とも歌詞無しで10分以上やってた。
ナカイは今でもリアルバースディでそんな感じでやってて相変わらずブレてない。カッコいいよ。

シューゲイザーにクリックハウスの雰囲気を持ち込んだりと
新たな方法論を試そうとしていました。複雑な手法なので苦労もあったのではないでしょうか?

高畠 : なにしろ当時はすぐ真似出来るようなお手本のバンドがなかったから自分達で色々試行錯誤しながら進んでたね。
シーケンサー、サンプラー、シンセ、ミキサー、コンピューター。色々組み合わせて一番面白い使い方を探してた。
PCとかでシーケンスを流してそれに合わせて演奏するだけだとやっぱり面白く無いので
最終的にはサンプラーのループとミキサーをリアルタイムでプレイしながら演奏するスタイルに行き着きました。

クリックに生演奏を重ねるだけだけだと安定感の変わりに、生演奏ならではのビート感が失われるということはありますが
リアルタイムでループ物をいじっていくのは、ライブではちょっとドキドキする手法ですね。

高畠 : 色々リスクはあるんだけど、やっぱりリアルタイムの緊張感というか自由度がないとつまんない。
ベースのAKOが抜けた後、ウオがベース弾くのが一番良いんじゃないかって事になって
その時からスーパーカーのコーダイにエレクトロニックセクションを手伝ってもらいました。
この頃はメンバーみんなでよくフェスとかレイブとか行って遊び倒してたなー。
セカンド・サマー・オブ・ラブって感じで、遠い夏の記憶のようです。









    AUTO PILOT 「SURF GAME RIDER」(2001)

     AUTO PILOTのデビュー・ミニアルバム。
     ビッグビートやクリックハウスから影響を感じさせるシーケンスパターンに
     USインディ直系のギターノイズを融合させた意欲的な作品。
     このアルバムの発売年には、FUJI ROCK FESTIVALにも出演。







    AUTO PILOT 「SUN GIRL STAR GIRL」(2002)

     AUTO PILOTのメジャー・デビュー作品。
     前作さながらの打込みはそのままに、シューゲイズの色合いが更に濃く。
     #9には、この後長きにおいて高畠の作品のエンジニアを手がける事になる
     中村公輔によるリミックスが収録されている。








    AUTO PILOT 「WHITE LIGHT RIDE」(2004)

     AUTO PILOT、3作目になるフル・アルバム。
     サイケデリックな質感を増した本作。
     横尾忠則の描くジャケットも印象的。
     代表曲「C-C-C」を含む全10曲。







■ 2006年。ソロ活動開始。 ALBUM「爽雨」


現ちゃんがもう一度みんなと再会させてくれた。

2006年からはソロ活動を始めます。エピソードを聞かせてください。

高畠 : この頃まで自分的にはソロ活動とか全然考えてなかったし、どっちかって言うとダサイと思ってたから
誘われてもあんまりやってなかったんだけど、AUTO PILOTがなかなか思うように活動出来なくなってきて
でも何かしら活動を続けていきたくて、とりあえずひとりでもやっていようと。
でも最大の理由は下北に440が出来た事かな。それってその後の音楽シーンに凄い影響あったと思う。

440が下北沢に出来た頃だったんですね。ソロ活動を始めた直後には
ソロデビューアルバム「爽雨」の制作を開始していますね。

高畠 : 初めてのソロのレコーディングで
それまでずっとやってきたバンドのレコーディングと全然違うやり方だったから最初はかなり戸惑った。
アンサンブルを作る時間が圧倒的に少なかったし、ひとりで全部決めなきゃならなかったから。
でもこれが凄く良い経験になって、この後の「Transfer In Flowing Lights」の制作の時にとても役立ちました。
この頃はまだオートが活動出来ていたので、このアルバムはAUTO PILOTでは出来ない音像を目指して作ったんだけど
POINTERのミキにエレキギターで参加してもらって、この時の音像が軸になったからこそ
その後の俊太郎BANDのサウンドに繋がっていったんだと思います。



「爽雨」が一段落ついた後の活動にはULTRA POPのベースだった石川具幸さんが参加されていたりと
また俊太郎さんを囲む雰囲気が変わってきていますね。
ULTRA POPの解散以降は全く関わりはなかった?

高畠 : 下北440で始めた「headLine」という自主イベントに上田現ちゃんにゲストで出てもらった時
現ちゃんのサポートとして来たトモと凄く久しぶりに再会しました。
お互い別の道だけどまだがんばっている事を励まし合ってその日はそれで終わったんだけど
そのあとしばらく経った頃、現ちゃんが亡くなった日にすぐにトモが電話で知らせてくれた。
慌てて飛び出して、マグミさんや恭一さんや
ULTRA POP時代にお世話になったままブっちぎってしまったスタッフのみんなとも再会する事が出来ました。
現ちゃんがもう一度みんなと再会させてくれた。
そう感じたら、もう一度トモとバンドをやりたいと思い始めました。

上田現さんの存在の大きさを感じるエピソードですね。
この年には「sing as you are」のレコ初ライブを下北沢440で行っています。

高畠 : 「sing as you are」のレコ発ライブをどうしてもバンドでやりたくて、トモに一緒にやろうって声掛けて
「爽雨」から一緒にやってたミキと、スーパーカー、AUTO PILOTから腐れ縁のコウダイを誘ってバンド結成です。
この時やっとバンドに戻って来れたという感触があって、本当に凄く嬉しかった。
やっぱりバンドが一番好きなんだな。




    ■ エンジニア 中村公輔さんからのコメント

     俊太郎さん、20周年おめでとうございます!
     僕が俊太郎さんと出会ったのはAUTO PILOTを始めてからの時期
     「SUN GIRL STAR GIRL」のリミックスの時でした。
     それからもう10年以上も月日が流れているんですね、信じられない…。
     何を隠そう僕は当時はアーティスト/リミキサーとして活動していて
     たまにアレンジ仕事の素材録りで録音する以外はエンジニア仕事はしていませんでした。
     「専門教育を受けた訳でも、スタジオに勤務していた訳でもない僕が
     仕事でエンジニアをやるなんてとんでもない!」
     そう考えて、友達のバンドを録音したりはしていましたが
     お仕事としては基本的にお断りしていました。
     AUTO PILOTのレコーディングは
     1週間だけアシスタントのバイトがあるから手伝ってよと言われて出向いたんですが
     その時のエンジニアが
     「今回、俺プロデューサーやるから録っといて!」
     と唐突に全部任されてしまったんです。
     その後も、1週間のはずがズルズルと数ヶ月間ヤマハのスタジオに軟禁されて
     結果的に僕はエンジニアだと言う事になってしまいました(笑)
     完全に出会いが転機になって、今の僕がある感じです。
     それから後の作品は全て関わらせていただいて、長い付き合いになっています。
     俊太郎さんの恐ろしいところは、この歳でもまだまだ円熟とか枯れとかに向かわないで
     むしろ若く鋭く技術まで向上すると言う謎な転がり方をしているところです。
     実は本人、もう大人になってる事に気づいてないんじゃないでしょうかねー?(笑)
     まだまだ「これから」が見られるのを期待しています。
     また一緒にやりましょう!
     中村公輔 Twitter






    高畠俊太郎 「爽雨」(2006)

     高畠俊太郎、ソロによる1枚目。
     これまでのキャリアでは想像できなかったような
     非常にリラックスした一面をアコースティックな中にも
     憂いのあるサウンドで描いている。








■ 2009年 ~15th anniversary - Transfer In Flowing Lights~



どんな人と一緒に音楽を鳴らすか、それが大きな意味を持っているんですよね。

2009年には活動15周年を迎えてベスト&トリビュートアルバムの発売がありました。
この時期は新たに俊太郎さんを知った若い年齢のファンも多いんじゃないでしょうか?

高畠 : この時はベスト&トリビュートの制作から始まって
ずいぶん長い期間準備してたのですごい大変だったなー。
「15周年ライブやろっか?」って話しになった時に
どうせやるんならリリースもあった方が良いんじゃない?ってスタッフに言われたんだ。
その時は「じゃあベスト盤作ろう」って答えたんだけど
headlineのゲストをThe Pillowsのさわおくんに頼んだ時に
さわおくんが「どうせリリースするなら二枚組にしてトリビュート盤も作れば?」って言い出して。

トリビュートアルバムは山中さわおさんの発案だったんですね。

高畠 : そう。最終的には当初イメージしてより全然大きな事になってバタバタした。
ファンの人達も含め本当に沢山の人達にお世話になったので
全部終わった時は「無事終わって本当に良かった」ってホッとした気持ちが一番大きかった。
でもそのあと時間が経つにつれて、「みんなありがとう!」っていう嬉しい気持ちがムラムラ湧いてきて
それがその後の活動を続けていく大きな支えになりました。

15周年を経て、2010年には「Transfer In Flowing Lights」を発売しています。
タイミング的にも非常に慌ただしかったのではないでしょうか?

高畠 : 「new fine records」という自主レーベルを立ち上げて作ったので
スケジュールからスタジオ、制作費、流通やプレス、それこそレコーディング中のお弁当まで
(金が無いからみんなでソーメン茹でて食ったりした)
全部自分らで考えながらの制作でした。
作品としては、ソロ二作目でようやくその時自分がやりたい事が出来たという満足感がありました。

俊太郎さんのキャリアでも
「Transfer In Flowing Lights」は非常に重要なアルバムになったのではという雰囲気を受けます。

高畠 : すごく丁寧に作ったアルバムで、歌の温度感といいミックスの方向といい、今でも全然聴けると思う。
猛暑の中、横浜山手の中村公輔の深海スタジオに三ヶ月間、コツコツ通いながら手作り感満載で作りました。
こんなレコーディングも、もう出来ないと思うよ。
トモ、コーダイ、まっちゃん、ミキ、そしてコースケ。宝物のひとつですね。

2012年には高畠俊太郎BANDのドラムがコーダイさんから松井香趣望さんに。

高畠 : コーダイが青森に帰る事になった時はすごくショックで猛烈に寂しかったな。
オートパイロットから10年近く一緒に音を鳴らしてきたし
何しろレイブ行ったりフェス行ったり近所の公園とかでしょっちゅう一緒に遊んだからね。
でもクヨクヨしててもしょうがないからとりあえずブログでメンバー募集してみよう
って半分冗談みたいな感じだったんだけど
でもそこに果敢にも応募してきたのが現ドラムのカスミです。すごい勇気だよ。
ミキが抜けてまっちゃんが加わった時もそうだったけど
カスミ加入でサウンドの方向やバンドの雰囲気がまた大きく変わってきた
そうやってこれからも変わっていくと思う。
どんな音楽を目指すかももちろんだけど、どんな人と一緒に音楽を鳴らすか、それが大きな意味を持っているんですよね。
つくづくそう思います。

今回20周年という事で前編、後編と長くインタビューに答えて頂きました。
最後に20年を迎えた俊太郎さんの、これからの活動や思う事について聞かせて頂きたいです。

高畠 : 今回こうやって自分のこれまでの音楽の事を長々と話してみて、改めて自分の事を再確認できました。
これからも転がりながら、音楽を、バンドを、続けていけたら嬉しいです。
ずっと応援してくれてるみんな、本当にありがとう。
良い時も良く無いときもあると思うけど、これからもよろしく。
11月23日に下北沢440で会いましょう!












    高畠俊太郎 「SING AS YOU ARE ~'07 live log~」(2008)

     2007年に行われたライブから高畠自身でセレクトした
     ベスト・セレクション・ライブ・アルバム。
     リズムマシンやフィードバックを駆使したテイクから
     ピアノ弾き語りまで、高畠俊太郎の音楽の幅広さを見ることが出来る。







    高畠俊太郎 「09 ← '94 」(2009)

     デビュー15周年を記念してのベスト&トリビュート・アルバム。
     トリビュートは山中さわお(the pillows)近藤智洋、岡本定義(COIL)
     HARCO、iLL、hurdy gurdy、古明地洋哉
     杉本恭一(LÄ-PPISCH)という豪華な顔ぶれ。
     高畠の楽曲をそれぞれのアレンジでカヴァーしている。








    高畠俊太郎 「transfer in flowing lights」(2010)

     高畠俊太郎 ソロ2枚目になるフルアルバム。
     中村公輔の深海スタジオで制作された本作は
     全編を通して流れる柔らかい手触りに
     日常に寄り添うかのようなテンションが優しい。
     間違いなく、名盤。








    ■ 高畠俊太郎

     90年代初頭から日本の音楽シーンのオバーグラウンドとアンダーグラウンドを行き来し
     いくつかのバンドの結成解散を繰り返しながら作品を発表。
     轟音サイケデリックなギターバンドに始まり、コンピューターベースのチルアウトミュージック
     ピアノやアコースティックギターでの弾き語りなど
     日常を切り取った歌詞はどこまでも響き渡り
     ミュージシャン、バンドからの信頼も厚く
     下北沢440で行われている自主企画「headLine」には
     ジャンルを超え多くのミュージシャンが集まっている。
     高畠俊太郎 Official


    ■ ライブスケジュール

     2014.11.23(sun)
     「高畠俊太郎 debut 20th anniversary live " '14←'94"」
     @東京 下北沢 440(http://www.club251.co.jp/440/)
     *open/start:18:00/19:00 *adv/door:¥3,000/¥3,500
     <act>・高畠俊太郎BAND (Bass:石川具幸/EG:松平賢一/Dr:松井香趣望)
     <special guest>・ULTRA POP
      *チケット発売:(ローソン、440、本人WEB)にて9.23より予約受付。
      *info:03-3422-9440(東京 下北沢 440)